サイエントロジー/ダイアネティックスの著者:L・ロン・ハバード。
この映像を、見終わった感想は
「見なければよかった。」

心の中で、残念という気持ちが大きい。
「どんな人物か知らなくてもよかった。」
見終わって、長らくそう思っていた。

L・ロン・ハバードの印象に関しては「その1」で多少の敬意は感じている、と書いたが
今、私には期待を裏切られた感覚がある。
L・ロン・ハバードは、ただのおじちゃんだ。
・居酒屋のカウンターで日本酒あおっているおじさん
・競馬新聞を電車で熱心にチェックしているおじさん
・会社で仕事がうまくいっていないのを愚痴っているおじさん
・家で娘に、「一緒に洗濯物洗わないで」と毛嫌いされているおじさん。
そんぞそこらにいる、ただのおじさんだ。
もし、宗教の最高代表者=教祖と呼ぶのなら
とてもではないけど、そうは呼べる雰囲気は出していない人物。

私の宗教に関する行為といえば
初詣・お寺巡り・墓参り・葬式をした時に手を合わせ祈り、心の中で願う事。
無宗教者だが、少なからずそういった時だけは母国仏教の宗教行為をしている。
宗教に対して、幼いころからそういった概念がある。
学校の授業や、メディアで少し学んだ
キリスト教
イスラム教
仏教
創価学会
エホバの証人
ユダヤ教
これらの宗教者も、教会や、仏壇、お寺、聖なる場所等で祈りをささげている。
その為、自分は
宗教=全ての宗教はその宗教の対象に、祈り、願い、信仰する。
そう思っていた。

だから、ダイアネティックス、サイエントロジーの本を読んでいる時
どのような信仰心を持ち、それに強い願いや、心を持てばいいのか
神
イエスキリスト
ヤハウェ
釈迦
ムハンマド
マリア像
仏像
仏壇
教祖
のような、その対象を探していた。
国語辞書にはこう書いてある。
教祖=ある宗教・宗派の創始者。開祖。宗祖。新しい主義・運動などを興して一つの傾向をつくり出した人。
その前提がある為
L・ロン・ハバードが「教祖」とは何処にも述べられていないのに、
私はL・ロン・ハバードを、教祖的な存在だと少なからず思い込んでいた。
実際に映像を見ると、何か人の上に立ったような風格はなく
ただのアメリカ人のおじちゃんだ。
創始者・著者だけの存在で。それ以上の何者でもない。
■「見なければよかった。」と思ったのは
自分の中のイメージ(前提)を「くつがえされた」からだ。
私がサイエントロジーの本を読んでいる時、
私の意識は、このブログのテーマ宗教を知る上で
「この著者の書いた宗教本の内容は信仰する価値があるのか?」
「信仰出来る内容なのか?」だった。
この思い込みは、私にとってサイエントロジーの本を読む上で大変弊害になっていた。

【L・ロン・ハバード サイエントロジーへの誘い】の映像は、
本の内容を説明しているわけでもなく
サイエントロジーを知る事に関しての利用価値は少ない。
単に、L・ロン・ハバードが雑誌かTV局の取材に答えているだけの映像。
しかし、私にとってはいい基点となった。
この思い込みがなくならなければ、サイエントロジーの本に違和感を感じ、興味がなくなり
これ以上、読んでなんかいられなかっただろう。
そういった意味では
この内容の薄い映像は、そこそこ役に立った。
しかし、
サイエントロジーは、私の知っている宗教とは呼べない。
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趣味読書。今回はサイエントロジー関係の読書感想をNo 【01】〜【99】まで掲載してみました。
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この次に掲載する読書感想の題材は「ピーター・ドラッカー」です。
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